春秋要約
夏目漱石のあだ名は「柿」だった。名付け親は「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句を詠んだ正岡子規。そのこころを子規が「ウマミ沢山(たくさん)/マダ渋ノヌケヌノモマジレリ」と説明したという逸話を、俳人の坪内稔典さんが紹介していた。
▼漱石は文部省が一方的に博士号を送りつけてきたことに腹を立て、学位の証書を返送してしまった。今日まで、そしてこれからも「たゞの夏目なにがし」で暮らす。文部省の局長あての手紙にそう記したこだわりこそ、「まだ完全には渋の抜けない、でも旨(うま)みたっぷりの柿という感じだ」と坪内さんは書いている。
▼柿好きだった子規の漱石への親しみがあだ名にも知れ、旬の盛りのこの果実が恋しくなるが、ことしは敷居が高い。主産地・和歌山県のJA紀北かわかみに聞けば、春先の凍霜害、梅雨の長雨、夏の猛暑と悪条件が重なって作況は平年の6割。「何十年もこんなことなかった」。そのせいで卸値は5割高だという。
▼柿だけでない。山の実りも乏しく、ドングリは動物を養う量に足りないと聞いた。クマが人里で柿の木に登る姿が各地で目撃されている。旨いも渋いもない。ようやく深まってきた秋、冬眠に備え栄養を蓄えようと懸命なのだから、人の側にも注意が必要なのは当然か。「柿落ちてうたゝ短き日となりぬ」(漱石)
<40文字要約>
柿と漱石にあだ名を付けた。その正岡子規が好きな柿や山の実りも猛暑と長雨で不作。
ふうむ。難しい。

